HISTORY

語り継がれる歴史がある。変わらないDNAがある。

自分の個性は自分ではわかりにくいもの。
しかしながら、過去の歴史をたどっていくと、自分らしさのカケラが見つかることがある。
人間も会社もおなじかもしれません。
富士重工業という会社の生い立ち、転機、これからについて。

原点としての中島飛行機。

飛行機メーカーであった中島飛行機が、富士重工業のルーツ。

1917年5月、現在の群馬県太田市に設立された民営の飛行機研究所を前身とし、日本最大規模の大手航空機メーカーであった中島飛行機が、富士重工業のルーツです。中島飛行機は陸軍の歴代主力戦闘機となった九七式戦闘機、一式戦闘機「隼」、二式戦闘機「鍾馗」、四式戦闘機「疾風」など、多数の著名な軍用機を送り出してきた航空機・エンジンメーカー。軍需から平和産業への転換、スクーターやバスなどの輸送用機器開発、企業分割などを経て、旧中島系の主要企業の共同により1953年に富士重工業を設立。スバルのロゴマークに描かれる「六連星(むつらぼし)」には、設立時に合併した系列6社を「統べる(1つにまとめる)」という意味も込められています。

命を乗せて空を飛ぶからこそ。安全への飽くなき執念。

飛行機づくりにおいてもっとも大事なこと。それは、安全性です。人の命を乗せて空を飛ぶものだからこそ、より安全に、より頑丈に。富士重工業の安全への強いこだわりは、飛行機づくりによって培われたものです。スバル車の代名詞ともなっている「水平対向エンジン」も、安全へのこだわりから生まれたもの。左右対称でバランスが良く、安定していること。海外では「flat engine」(平らなエンジン)と呼ばれるように、平らで低重心であること。これらの特徴はまさに飛行機づくりをおこなってきたからこその特徴。いかなる飛行条件下においてもパイロットの負担を最小にとどめること、飛行機自体に姿勢を安定させることを重視するという飛行機づくりの思想から生まれてきたもの。ちなみに、現代の小型飛行機が装備する航空用ピストンエンジンには、ほとんどすべて空冷の水平対向型が採用されています。

高付加価値で勝負するという決断。

スバル360に代表される軽自動車は、スバルブランドの原点。

スバル車の生産は1958年、軽自動車「スバル360」から始まりました。当時、国産乗用車は複数のメーカーから発売されていたものの、その価格は小型の1000cc級であっても100万円程度であり、月収が数千円レベルであったほとんどの国民にとっては縁のないものでした。そんな中、富士重工業がつくり出したのが、量産型の軽自動車としては史上初めての大人4人乗り「スバル360」でした。航空機技術を応用した超軽量構造を採用し、比較的廉価で小さいながらも高い走行性能を装備。「マイカー」という概念の浸透に一役買うなど、日本の自動車史のみならず戦後日本の歴史を語る上で欠かすことのできない車と評価されています。

軽自動車の生産を止める、という大きな決断。

スバル360のヒット後も、60年代には軽商用車であるサンバーが大ヒット。乗用車、商用車共に4輪独立サスペンション、4気筒エンジン、CVT(無段変速機)の採用や4WDの展開など、登録車並みの機構や商品性を特長で支持されてきた軽自動車ライン。スバルの名をあげたのは軽自動車。そう言っても過言ではない存在です。54年間にわたり、9車種、約7,968千台を生産されたスバルの軽自動車。しかしながら、その歴史に自ら終止符を打つことになります。2012年2月29日、すべての軽自動車の生産を終了。水平対向エンジンなどのコア技術を活かす登録車の開発・生産に経営資源を集中するための、大きな決断でした。

強い特徴を持ち、質の高い会社を目指す。

大きくはないが強い特徴を持ち、質の高い企業を目指したい。

軽自動車生産終了の背景のひとつにあったのが、世界の自動車マーケットの状況でした。現在、自動車の需要が拡大しているマーケットはインドやASEANを中心とした新興国であり、新興国では低価格帯のコンパクトカーが売れています。コスト競争になると、生産・販売台数が他社に比べて少ないスバルはどうしても不利な立場に置かれてしまう。小さなスバルが勝ち抜くためには、選択と集中が必要。コスト競争よりも、差別化・高付加価値競争を選択しよう。そんな考えがあってのことでした。長い間スバルを支えてくれた軽自動車に感謝の気持ちを抱きながら、富士重工業の新しい挑戦がはじまりました。

新中期経営ビジョン「際立とう2020」スタート

2014年、新たなステージでの競争力強化と事業基盤整備を進め、持続的成長と発展を目指す新中期経営ビジョン「際立とう2020」を発表しました。自動車メーカーとしては小規模なスバルが持続的に成長していくために、2020年のありたい姿を「大きくはないが強い特徴を持ち質の高い企業」とし、その実現に向け「スバルブランドを磨く」「強い事業構造を創る」の2つの活動に集中し、付加価値経営を更に進め、環境変化への耐性を高めることに取り組みます。そもそも、この新中期経営ビジョンは、2011年7月に2015年度までを対象期間とする中期経営計画Motion-Vの前倒し達成を受けて動き出したもの。米国市場を主軸とした商品開発による販売伸長、衝突安全や運転支援システム「EyeSight」をはじめとする安全性への高評価などが急成長の原動力となりましたが、この成長は本物かどうか。真価を試されるフェーズになると自覚しています。想定以上の急激な成長によるひずみも出てくるでしょう。将来の環境対応、生産能力の逼迫、新しいお客様への対応、高い為替感応度、カンパニー事業の成長にむけた諸課題等、未解決の重要課題も山積しています。しかしながら、ハードルが高ければ高いほど燃えるのが、富士重工業の人間。一人ひとりが新しい歴史をつくる。そんな気概とともに、新しい歴史がはじまったのです。

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